税理士法人の仕事は忙しい——これは業界ではよく知られた話です。でも、「どのくらい忙しいのか」を具体的にイメージできる人は少ないのではないでしょうか。
筆者は準大手税理士法人で上場企業クライアントの税務を担当していた時期があります。その経験を踏まえて言うと、上場企業クライアントの税務対応は「忙しい」のレベルが一般企業とは別次元です。
この記事では、脅かすつもりはありませんが、税理士法人で上場企業を担当するとどんな世界が待っているのか、リアルをお伝えします。これから税理士法人への転職を考えている方には、ぜひ知っておいてほしい話です。
金曜日の夜11時に届くメール
上場企業クライアントを担当して最も衝撃を受けたのは、金曜日の夜11時にクライアントから資料が届き、月曜日の午前中が期限というケースがあったことです。
最初は冗談だと思いました。でも冗談ではなかった。
上場企業の四半期決算は、スケジュールが証券取引所の開示ルールで厳密に決まっています。クライアント側の経理部門もギリギリまで数字を固めていて、税理士法人に資料が回ってくるのが金曜日の深夜になることは珍しくありません。
そこから週末を使って税金計算を行い、月曜の朝にはクライアントに報告する。四半期のタイミングではこういったタイトなスケジュールで税金計算を回さなければならないケースがあります。
正直に言うと、このスケジュールを初めて経験したときは「これが当たり前なのか」と震えました。
上場企業の税務が「別次元」である理由
四半期決算のプレッシャー
非上場企業であれば、法人税の申告は年に1回(中間申告を含めても2回)です。しかし上場企業は四半期ごとに決算を開示する義務があり、その都度、税金計算が必要になります。
つまり、年に4回、タイトなスケジュールで税務対応を行う必要がある。しかも上場企業の場合、連結子会社の税金計算も含まれるため、1回の決算で処理する情報量が中小企業の比ではありません。
項目 | 中小企業(非上場) | 上場企業 |
|---|---|---|
決算頻度 | 年1回+中間 | 四半期ごと(年4回) |
税金計算のスケジュール | 2〜3ヶ月の余裕あり | 数日〜1週間 |
関与する会社数 | 1社 | 連結子会社を含め数十社の場合も |
開示への影響 | なし | 有価証券報告書等に直結 |
ミスの許容度 | 修正申告で対応可 | 開示訂正=会社の信用問題 |
ミスが許されない世界
上場企業の税務でミスが発生すると、それは「修正申告」だけでは済みません。有価証券報告書の訂正報告が必要になる場合があり、それはクライアント企業の信用に直結します。
「税金計算を間違えたので有報を訂正します」——これがどれだけ重大なことか、想像してみてください。監査法人からも厳しく検証され、税理士法人の信頼も一気に失われます。
このプレッシャーの中で、正確な計算を短期間で完了させなければならない。業務のコントロールの余地がほぼなくなる瞬間が、上場企業クライアントの担当者には定期的にやってきます。
繁忙期の実態——「事務所に泊まる」時代は終わったが
筆者が税理士法人に入った頃、先輩から聞いた話があります。「昔は繁忙期に事務所で寝泊まりするのが当たり前だった。お祭りみたいなもんだよ」と。
さすがに筆者が在籍していた頃は、働き方改革の影響もあり、事務所に泊まるほどの状況はなくなっていました。しかし、繁忙期の忙しさ自体が解消されたわけではありません。
確定申告シーズン(2〜3月)、3月決算法人の申告期限(5月)、そして四半期決算のタイミング——これらが重なると、22時、23時の退社は普通になります。タクシー帰りの日も珍しくなかった。
「一般的な事業会社のいう忙しいが可愛く見えるレベル」
筆者は現在上場企業に在籍していますが、事業会社の「忙しい」と税理士法人の「忙しい」は正直レベルが違います。事業会社で「今月は忙しくて残業が多い」と言っている人の残業時間を聞くと、税理士法人時代の感覚では「それは通常運転では?」と思ってしまうことがあります。
もちろん比較するものではありませんが、一般的な事業会社のいう「忙しい」が可愛く見えるレベルの忙しさが、税理士法人の繁忙期には存在します。これは誇張ではなく、経験者なら共感してもらえる話だと思います。
それでも上場企業クライアントを担当する意味
圧倒的な成長スピード
ここまで読むと「上場企業クライアントの担当は避けた方がいい」と思うかもしれません。でも、筆者はそうは思いません。
上場企業クライアントを担当することで得られる成長は、中小企業だけを担当していては絶対に得られないものです。連結納税、組織再編税制、国際税務——扱うテーマの幅と深さが全く違います。
タイトなスケジュールの中で正確に仕事をこなす力、プレッシャーの中で冷静に判断する力。これらは上場企業クライアントを担当したからこそ身についたものです。
キャリアの選択肢が広がる
上場企業の税務経験は、転職市場で非常に高く評価されます。筆者がコンサルティングファームに転職できたのも、上場企業クライアントの税務DD経験があったからです。
また、事業会社の税務ポジションに転職する際にも、上場企業の税務を外部から支援した経験は大きなアドバンテージになります。「上場企業の税務の厳しさを知っている人」は、事業会社側からも信頼されます。
これから税理士法人に入る方へ
覚悟はしておいた方がいい、でも怖がりすぎないで
この記事を読んで「怖い」と感じた方もいるかもしれません。筆者の意図はそこではありません。事前に知っておくことで、覚悟と準備ができる——それが伝えたかったことです。
上場企業クライアントの担当は確かにハードですが、全てのクライアントがこのレベルの忙しさではありません。中小企業のクライアントを中心に担当する場合は、もっと穏やかに働けます。
自分に合ったキャリアパスを選ぶ
上場企業クライアントをガンガン担当してスキルを磨くのか、中小企業を中心にワークライフバランスを重視するのか。税理士法人の中でも、自分に合ったキャリアパスを選ぶ余地はあります。
大事なのは、入社前に「こういう世界もあるんだ」と知っておくこと。そして、自分が何を優先するかを考えた上でキャリアを選択すること。知らないまま飛び込んで「こんなはずじゃなかった」となるのが、一番もったいないです。
税理士法人の仕事は間違いなくハードですが、その分だけ得られるものも大きい。筆者はその経験があったからこそ、今のキャリアがあります。
